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インドIT留学の全盛期といま — 世界が学びに来た国で、8か月学んだ記録

かつてインドは、世界中がITを学びに行く国でした。私たちの代表もその一人です。あの熱狂は何だったのか。そしてAIが当たり前になったいま、同じ留学は成立するのか。数字と、自分たちの記録の両方から書きます。

最終更新日: 2026-08-12

SUMMARY

この記事の結論

インドが世界のIT教育の中心だった時代は、実在しました。ただし当時の価値は「インドでしか学べない技術があったこと」ではなく、「学んだ先に入口があったこと」でした。その入口がいま急速に細っています。それでもインドに行く意味は残っていますが、目的の置き方を変える必要があります。

メリット

  • IT産業そのものは縮んでいない。インドのIT売上はFY26に3,150億ドル規模、雇用は約595万人
  • バンガロールのIT人材は100万人超。世界12大テック拠点のひとつに数えられる
  • 技術を英語で学び、英語で議論する力はAIが肩代わりしにくい
  • 現地企業のプロジェクトに入る経験は、いまも日本人の希少性として効く

デメリット・注意点

  • 初級エンジニアの入口が消えつつある。インドの新卒採用は3年で約8割減
  • プログラミングの基礎習得だけが目的なら、日本のほうが速く安い
  • 現地のITスクールは1日1コマ・1時間で残りは自習という構成が多い
  • 講師が就職して突然いなくなるといったことが実際に起こる

こんな人におすすめ

インドの IT 留学を検討している方、そして「エンジニアを目指すのに留学は有効か」を AI 時代の前提で考え直したい方に向けて書いています。

結論: 全盛期は実在した。あの形はもう戻らない

「IT 大国インドでプログラミングを学ぶ」という発想には、はっきりした根拠がありました。一時期のインドは、世界中から人が IT を学びに集まる国だったからです。

この記事の前半では、その全盛期が何だったのかを数字で確かめます。後半では、その全盛期をリアルタイムで経験した人間の記録を載せます。インド留学プラス代表の宇佐美健一は、日本でエンジニアとして働いたあとインドへ渡り、バンガロールで英語と IT を合計 8 か月学び、200 人規模の現地 IT 企業で約 1 年インターンをしています。

そのうえで、結論を先に書きます。あの時代の IT 留学が持っていた価値の中心は、技術そのものではなく「学んだ先に入口があったこと」でした。インドの IT 企業の新卒採用は FY2022 の約 60 万人から FY2025 の約 12 万人へ、3 年で約 8 割減っています。入口が縮んだのです。

これは「インドが落ちぶれた」という話ではありません。後述するとおりインドの IT 産業は成長を続けています。変わったのは産業の大きさではなく、産業に入る方法のほうです。

この記事の情報の出どころについて

インド留学プラスは、インド・バンガロールに拠点を置き、現地に日本人スタッフが常駐している留学エージェントです。この記事の後半にある留学とインターンの記録は、代表本人が実際に体験したことで、当時のブログにも残しています。ここについては、かなり精度の高い情報をお伝えできます。

一方、全盛期の市場規模、世界の採用動向、AI に関する数値は、すべて公開資料にもとづくものです。ご自身で確認できるよう参考・出典に一次資料へのリンクを並べました。裏づけが取れなかったものは書いていません。たとえば「インドが世界で最も IT 留学生を集めた国だった」という言い方をよく見かけますが、その順位を示す統計を私たちは確認できなかったため、この記事では使いません。代わりに、確認できた数字だけを積み上げます。

なぜインドが「ITを学びに行く国」になったのか

偶然ではありません。3 つの条件が同時に揃ったからです。

1. 英語で技術を教えられる国だった

インドは高等教育が英語で行われる国です。つまり技術者を育てた瞬間に、その技術者は英語で世界とやりとりできる。技術力と英語力を別々に育てる必要がなかったことが、他の新興国にはない決定的な差になりました。この構造は英語圏以外で英語留学はできるのかで詳しく整理しています。

2. 教育を「産業」として設計した会社があった

1981 年創業の NIIT と 1986 年創業の Aptech が、大学とは別の回路で技術者を量産する仕組みをつくりました。NIIT は 1987 年に IT 教育へフランチャイズの発想を持ち込んでいます。大学の定員に縛られず、需要のある場所に教室を開いて技術者を送り出す — この方式が、インドを「人材が足りなくならない国」にしました。

3. 2000年問題という、世界規模の需要が来た

決定打はここです。西暦を下 2 桁で管理していたシステムを世界中で一斉に修正する必要が生じたとき、英語で意思疎通できる IT 技術者を大量に供給できる国が、当時ほぼインドしかありませんでした。1990 年代に整備されたソフトウェア・テクノロジー・パーク(STPI)の税制優遇と通信インフラも、この波に間に合っていました。

Y2K を境に、インドは「安く外注できる国」から「技術を学びに行く国」へと見られ方が変わります。日本で 2007 年ごろに「インド式算数」がブームになったのも、この流れの延長線上にありました。

全盛期のインドを、数字で見る

感覚的な話を避けるために、出典のある事実だけを時系列で並べます。

時期出来事内容
1981年NIIT 創業インド工科大学(IIT)デリー校の卒業生 2 名が、資本金 100 万ルピーで設立。1987 年に 9 拠点を開設し、IT 教育にフランチャイズの仕組みを持ち込んだ
1986年Aptech 創業もう一方の巨人。のちに世界 5 大陸に教室網を広げ、IT 教育そのものをインドの輸出産業に変えていく
1990年代ソフトウェア・テクノロジー・パーク(STPI)の整備経済自由化にあわせた特別区制度。税制優遇と通信インフラが用意され、バンガロールにはホワイトフィールドの国際テックパークが生まれた
1998〜99年IT 教育市場の受講登録が約 70 万件国内の IT トレーニング市場で、Aptech と NIIT の 2 社だけで約 7 割を占めていた
1999〜2000年2000年問題(Y2K)世界中の膨大なプログラム修正に、英語で意思疎通できる IT 技術者を大量供給できたのが当時ほぼインドだけだった。インド IT の名前が世界に定着する
2002年Aptech が 52 か国 2,449 拠点に全世界で 250 万人以上の受講実績。「インドで学ぶ」だけでなく、インド式の IT 教育が国境を越えて広がった
2005年Infosys グローバル・エデュケーション・センター(マイソール)開設同時に 14,000 人を収容できる、世界最大の企業内研修施設。新卒は 3〜6 か月ここで訓練されてから現場に出た
2007年ごろ日本で「インド式算数」がブームにY2K でインド人 IT エンジニアが注目されたことが、インドの教育そのものへの関心につながった。日本側から見た熱狂のピークのひとつ

この表で注目していただきたいのは、1998〜99 年の時点で、IT 教育の受講登録が国内だけで約 70 万件あったことです。しかもそのうち約 7 割を Aptech と NIIT の 2 社が占めていました。当時のインドでは、IT を学ぶことが特殊な進路ではなく、産業化されたひとつのルートだったということです。

そして Aptech は 2002 年までに 52 か国 2,449 拠点へ広がり、全世界で 250 万人以上を教えています。インドは学びに来る国であると同時に、IT 教育そのものを輸出する国でもありました。

14,000人を同時に訓練する施設

全盛期を象徴するのが、2005 年に開設された Infosys のマイソール研修センターです。337 エーカーの敷地に建てられたこの施設は同時に 14,000 人を収容できる、世界最大の企業内研修施設とされ、新卒はここで 3〜6 か月の訓練を受けてから現場に配属されました。企業が自前で年間数万人規模の技術者を仕込む — それが成り立つほどの需要があった時代です。

【記録】バンガロールで英語とITを学んだ8か月

ここからは、その時代に実際にインドへ渡った人間の記録です。美談にしないよう、失敗もそのまま書きます。

行った理由は、給料が安かったからです

代表は地方の中小企業で 6 年近くエンジニアとして働いていました。渡印を決めた理由は、率直に言えば給与が安かったからです。長時間労働が常態化し、上司や先輩の生活にも余裕がない。それでも「原因は会社ではなく自分のスキル不足だ」と考え、働きながら中小企業診断士の勉強を始めました。

その専門学校で出会ったエンジニア仲間との会話で、シリコンバレーではなくインドで、英語も含めてスキルを上げるという道があることを知ります。試験に落ちたあと「インドへ行くので辞めます」と会社に伝えました。出発直前の TOEIC は 200〜400 程度。渡印前の英語学習は 2 か月ほどの独学だけ。1 年間の生活費は 50 万円で計画していました。

最初の1か月は、まるごと失敗しました

入口はムンバイの語学学校でした。ここが2 年近いインド生活で最大の失敗になります。生徒 20〜30 人の大半が日本人で、会話はほとんど日本語。英語を使うのはインド人講師とのやりとりくらいでした。

数か月後に講師から聞いた話では、その学校で英語が伸びたのは数人だけ。6 か月学んだ人でも、ほとんどが日常会話ぎりぎりのレベルだったそうです。学校選びを間違えると留学期間そのものが消えます。私たちが学校選び日本人比率にこだわるのは、この 1 か月が原点です。

バンガロールへ。そして講師が消えました

次に向かったのがバンガロールです。理由は「世界的に IT が盛んな都市だから」。日本のエージェント経由で申し込んだ学校は、英語と IT の両方を教えてくれるところでした。教室に日本人はおらず、生徒の中心はアフリカ各国からの留学生。英語クラスは 3 人という小規模でした。

ところが、IT の講師が来られなくなります。就職先が決まったためです。結果として IT の授業開始は 2 か月遅れ、その間は終日英語の授業になりました。 IT 産業が伸びている国では、教える側も次々に現場へ移っていく。全盛期の裏側にはこういう現実がありました。

授業は 9:00〜16:00。講師は遅刻しがちで、それでも 10:00 には始まる。何かしらの事情で休みになる日も少なくありませんでした。一方で生徒たちは必ず 30 分前には来て勉強していたといいます。皮肉なことに、この 2 か月で英語力は一気に伸びました。日本語がまったく使えない環境に置かれたからです。

ITスクールで学んだ内容

通ったのは MG ロード(マハトマ・ガンジー・ロード)にある学校で、立地はよく、そのぶん授業料は相対的に高めでした。ただ後から他校を調べたところ、質そのものに大きな差はなかったというのが本人の評価です。学んだのは当時流行していた技術群でした。

本来は未経験者向けのコースで、実際にその後入学した未経験の日本人も、修了後にはプログラミングができるようになっていたそうです。

意外な発見: 技術の英語のほうが、日常英語より簡単だった

当時の記録で一貫して書かれているのがこれです。IT 技術の英語は、あるレベルを超えた日常英語よりも簡単だった。技術の話は語彙が限られ、言い回しがパターン化しているため、慣れると急速に読めるようになります。雑談のほうがよほど難しい。

これは「英語ができるようになってから技術を英語で学ぶ」必要はないことを意味します。順番は逆でも成立する。一方で、AI が翻訳も要約もこなすいま、価値が残っているのはむしろ難しいほうの英語 — 会話のニュアンスや、その場の空気を読む力のほうです。

【記録】200人規模のインド企業で、1年インターンをした

インターン先は、自分で見つけました

滞在 6 か月の時点で、インターンを控えていました。ただし先輩の留学経験者から「インターン先が用意されないまま帰国するケースが多い」と聞かされていたため、自分でも動くことにします。学校に確認すると、案の定「まだ探し中」。

そこでインターネットでバンガロールの IT 企業に直接連絡しました。2〜3 社にあたって、全社が受け入れに同意。それだけ「日本人エンジニア」が珍しかったということです。同じ時期、学校経由でインドに進出している日本の大手企業から「正社員採用を前提にインターンへ来ないか」という提案も届いています(既に別の話が決まっていたため辞退)。

これはハイブリッド型留学の原型でもあります。私たちがインターン先を事前に用意する形にしているのは、この「行ってから探す」状態を留学生に負わせないためです。

HSRレイアウトの現地企業で、何をしていたか

英語と IT の 8 か月を終えて入ったのは、バンガロールの HSR レイアウトにある従業員約 200 人の現地企業でした。物流センター向けのシステムを主力にしつつ、受託開発も行う会社です。住まいは家賃月 2 万円前後の PG(下宿)に移しています。担当した仕事はこうです。

勤務は月〜金の 10:00〜17:00 と、月 2 回の土曜 10:00〜13:00。うち平日 2 日は 15:00 で切り上げて語学学校に通っていました。2 時間おきに小さい紙コップのチャイが配られる職場だったそうです。

体制は主要メンバー 4 名と、その下に数十人の開発メンバー。重要な機能と根幹部分は主要メンバーが作り、それ以外を開発メンバーに配る — インドの IT 企業でよく取られる形です。テスターも数十人いましたが、プログラミングができない人が多く、それでも IT の専門知識があるため職種として成立していました。

そして、リリースまで到達しました

担当したシステムは無事リリースされました。ただしビジネスとしては続かず、しばらくしてサービス自体が終了しています。

当時は「失敗した」と受け止めていたそうです。ところが後になって、インドの中小 IT 企業に開発を委託してリリースまでこぎつけること自体が、かなり良い部類だったと知ります。要件定義や開発の途中で問題が起き、中止になるケースのほうが多いからです。

ここから導かれた実感が、いまも私たちの前提になっています。日本人が現地のプロジェクトに入るとプロジェクトの成功率が上がるので、需要がある。技術力の差ではなく、進め方と納期に対する感覚の差です。

ただし、現地就職のハードルは別問題です

インターン先からは正社員の提案がありました(既存顧客に日系企業がいたため)。ただ他社もあたってみた結果、ほぼ全滅しています。理由は制度です。就労ビザの関係で、日本の平均給与に近い額を支払う必要があるため、インドの中小企業では役員より高給になってしまう。現実的に検討できるのは数百人規模以上の会社に限られます。現地就職の実際はインド就職ガイドにまとめました。

その8か月と1年は、その後どう効いたか

帰国後はフリーランスとして活動を始めます。本人が挙げている留学の効果はこうです。

そして 5 年後、インドに戻ります。現地のコンサルタント(会計士・弁護士)とインド人のビジネスパートナーと組んで、インド法人と日本法人の 2 社を設立しました。この 2 社が、いまのインド留学プラスの母体です。

長期滞在の経験が、そのままコストになった話

インド法人の設立費用は、日本から動かずに依頼すると 150〜300 万円、現地のコンサルタントと自分で進めると約 50 万円。月々の維持費は 1〜2 万円程度に収まることもあります。この差を生んだのは技術力ではなく、現地に住んで信頼を得ていたことでした。

似た経路をたどった人は他にもいます。インドの貿易会社で営業を経験したのち日本に戻り、エンジニアに転身して外資系のブリッジ SE として年収 1000 万円に到達した方の話はインドで働く日本人インタビューに収録しています。共通しているのは、技術だけでも英語だけでもなく、その両方に異文化での実務が重なったときに効いている点です。

いま何が変わったのか — 3つの断層

ここまでが全盛期の話です。ここからは、いま起きていることを数字で確認します。

指標かつていま
インド IT 企業の新卒採用FY2022 に約 60 万人(ピーク)FY2025 は約 12 万人(3 年で約 8 割減)
卒業生に占める IT 企業の採用比率FY2022 は 26%FY2023 は 15%、FY2024 は 10%
初級エンジニアの求人「一通り書ける」人材に大量の受け皿があった自動化により 20〜25% 減少(EY 2025 年の分析)
AI が書くコード(Google)2024 年は新規コードの 25%2025 年末に 50%、2026 年 4 月に 75%
AI が書くコード(Microsoft)2025 年 4 月時点でリポジトリの 20〜30%
新卒エンジニアの採用(世界の大手テック)2019 年を基準約 65% 減。ただし経験者を含めた開発職全体では 11% 減にとどまる

断層 1: AI が「最初の書き手」になった

Microsoft の CEO は 2025 年 4 月、社内リポジトリのコードの 20〜30% がソフトウェアによって書かれていると述べました。Google はさらに速く、新規コードに占める AI 生成の割合が 2024 年の 25%、2025 年末の 50% を経て、2026 年 4 月には 75%に達したと公表しています。

誤解のないように補足すると、これは「コードベースの 75% を AI が書いた」ではなく「新しく書かれるコードの最初の草稿はほぼ AI が担い、採用の判断は人間がしている」という意味です。それでも、最初の草稿を書く仕事が、人間の担当ではなくなったという事実は動きません。

断層 2: 未経験者の入口が消えた

インドの IT 企業の新卒採用は、FY2022 のピーク約 60 万人から FY2025 は約 12 万人へ。3 年で約 8 割減です。卒業生に占める採用比率で見ても、FY2022 の 26% が FY2023 に 15%、FY2024 に 10% と落ちています。EY の 2025 年の分析は、自動化によって初級 IT 職が既に 20〜25% 減少したと推計しています。

世界でも同じ形が出ています。SignalFire の調査では、大手テック企業の新卒採用は 2019 年比で約 65% 減、初期段階のスタートアップでは約 76% 減。一方で経験者を含む開発職全体の採用は 11% 減にとどまります。

この差が、いちばん重要な事実です。エンジニアという職業が消えているのではありません。エンジニアになるための階段が外れたのです。定型的なコード、雛形、単純なデバッグ、小さなチケット — 新人が給料をもらいながら学ぶための仕事が、まとめて自動化されました。

断層 3: 学ぶこと自体が、どこでもできるようになった

全盛期に「インドで学ぶ」ことに意味があったのは、教えられる人がそこに集まっていたからです。当時の記録にも「IT 技術は学校へ行って学ぶもの。実際に見て触ることが重要だ」と書かれています。2010 年代前半としては、まったく妥当な判断でした。

いまは違います。日本語の教材とオンライン講座が揃い、詰まったところは AI にその場で聞ける。渡航費と滞在費を払って手に入れるものではなくなりました。この点については代表本人がインドでIT留学はどう?で、現役エンジニアとしての立場から書いています。

ただし、インドのIT産業は縮んでいない

ここを飛ばすと、話が一方的になります。入口が細っているだけで、産業そのものは伸び続けています。

つまり、こういう構図です。産業は年に 13 万人ずつ増えているのに、新卒の入口は 3 年で 8 割縮んだ。必要とされる人の種類が入れ替わったということで、実際にインドの IT 各社は、大量の一般新卒採用から少数の専門人材採用へ舵を切っています。

日本のIT人材不足の数字を、そのまま持ち出さないでください

経済産業省の試算では、2030 年に IT 人材が最大約 79 万人不足するとされています(中位シナリオで約 45 万人、低位でも約 16 万人)。ただしこの調査は2019 年 4 月の公表で、生成 AI が普及する前の前提に立っています。「不足しているから今からでも間に合う」という論法にこの数字を使うのは、私たちは慎重であるべきだと考えています。

では、いまインドでIT留学は成立するのか

私たちは留学エージェントですが、ここは正直に線を引きます。

成立しないと考えるケース

いまも成立すると考えるケース

整理すると、いま価値が残っているのは「技術を学ぶ場所」としてのインドではなく、「技術を英語で扱い、異文化の現場で回す経験を積む場所」としてのインドです。ここが全盛期との決定的な違いです。

同じ8か月を、いま何に使うか

代表が使った 8 か月と 1 年を、いまの人が同じように使うとしたら — 私たちの答えは、順序を入れ替えることです。

技術は日本で、英語と現場はインドで

基礎は日本語で速く仕上げる。そのうえで、日本にいては手に入らないものを取りに行く — 英語と、現場です。この組み合わせが、いまのところ最も費用対効果が高いと考えています。

英語のほうは、インドで学ぶ意味がむしろ増しています。実務で出会う英語の大半は非ネイティブの英語であり、多様なアクセントに囲まれる環境の効果は音声知覚の研究でも確認されています。詳しくは世界の英語を聞き取る力で、都合の悪いデータも含めて検証しました。

現場は、インターンで取りに行く

代表が自分で企業に連絡して掴んだ部分を、いまは仕組みとして用意しています。語学学校に通いながら現地でインターンを担当するハイブリッド型留学です。条件を満たせば学費や住居費の負担を大きく下げられますが、安さだけが目的の方はお通ししていません。途中で終了になると、その経歴はマイナスとして残るからです。

費用の内訳は費用まとめ、英語留学の中身は英語留学のリアルをご覧ください。IT のバックグラウンドがある方のご相談は歓迎です。現役エンジニアでもある代表が、率直なところをお話しします —お問い合わせまたは LINE からどうぞ。

よくある質問

01インドのITスクールは、いまも通えるのですか?

通えます。バンガロールには IT スクールがあり、英語での一対一指導も受けられます。ご希望があれば情報提供は可能です。ただし私たちが積極的におすすめしているのは英語留学のほうで、その理由はこの記事と「インドでIT留学はどう?」に書いたとおりです。「行けない」のではなく「同じお金と時間の使い道として、いまはもっと効くものがある」という判断です。

02全盛期に比べて、インドのIT教育の質が落ちたということですか?

いいえ、そうは考えていません。落ちたのは教育の質ではなく、学んだあとに待っていた受け皿のほうです。全盛期は「学べば入口がある」時代でした。いまは入口そのものが縮んでいます。同じ内容を学んでも、その先に何が待っているかが変わったということです。

03AIがあるなら、プログラミングを学ぶ意味はもうないのですか?

そうは思いません。現に開発職全体の採用は、新卒ほどには落ちていません。減っているのは「言われたとおりに書く」仕事で、設計する・判断する・人と調整するという部分はむしろ価値が上がっています。問題は、その力が「言われたとおりに書く」仕事を通じて育てられてきたことです。育つための階段が外れた、というのがいま起きていることです。

04それでもインドでITを学びたい場合、何を確認すべきですか?

3 つあります。1 つ目は目的が「基礎の習得」なら日本のほうが速く安いこと。2 つ目はインドの IT スクールは 1 日 1 コマ・1 時間で残りは自習という構成が多く、渡航費を払って得るものが授業時間だけだと割に合わないこと。3 つ目は、講師が就職して突然いなくなるといったことが実際に起こる点です。私たちの代表も、その理由で IT の授業開始が 2 か月遅れました。

05インド企業でのインターンは、いまも可能ですか?

可能です。私たちは語学学校とインターンを組み合わせるハイブリッド型留学をご案内しており、条件を満たせば学費や住居費の負担を大きく下げられます。ただし「安く済ませたい」という動機だけの方はお通ししていません。詳しくは「ハイブリッド型留学とは」をご覧ください。

06日本ではIT人材が不足していると聞きます。矛盾しませんか?

経済産業省の試算では 2030 年に最大約 79 万人の IT 人材が不足するとされています。ただしこの調査は 2019 年の公表で、生成 AI が普及する前の前提に立っています。数字をそのまま現在に当てはめるのは慎重であるべきだと考えています。そのうえで、不足しているのは「人手」であって「入口の人材」とは限らない、というのがいまの実感です。

参考・出典

この記事の数値と主張の裏づけです。ご自身で確認できるよう、一次資料へのリンクを掲載しています。

インドIT産業・IT教育の歴史

AIとエンジニア採用の変化

インドIT産業の現在

日本のIT人材

私たち自身の記録(一次情報)

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